おやじが自転車に乗った|認知症が進んだ父から車の鍵を預かり、家族として考えたこと

昨日、おふくろから電話があった。

「明日でもいいから、牛乳とバナナを買ってきてくれない?」

ちょうど土曜で、自分も休みだったから、今日は実家に帰ろうと思っていた。

最近、考えない日はない。

食事はどうする?
買い物はどうする?

今までは、おやじが自分で買い物に行っていた。

だから、こんなことを毎日のように考えることになるとは思っていなかった。

でも、おやじの認知症が進んだ。

今までと同じ生活を続けることが、少しずつ難しくなってきた。

Contents

父と母の食事を宅配給食にすることにした

食事については、宅配給食を頼むことにした。

1食600円くらい。

今回は介護保険を使わず、自費でお願いすることになった。

昼と夕方の2回。

父と母の二人分だから、

600円×4食=1日2,400円。

これが31日続けば、

2,400円×31日=月74,400円。

正直、痛い出費である。

でも、仕方がない。

これまでは父が自分で買い物に行っていたので、食事や買い物について、ここまで気にすることはなかった。

これからは、そうはいかない。

父の認知症が進み、車も運転できない。

いや、正確には、

怖くて運転させられない。

ニュースを見ていると、高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしたという報道を目にする。

以前ならニュースの中の出来事だった。

でも今は、他人事ではない。

「もし、おやじが同じことをしてしまったら」

そう考えてしまう。

だから父には、自転車で買い物に行くことを勧めていた。

でも、言うことをきかないのがおやじである。

父の車の鍵を、黙って鞄に入れた

そんなある日。

父が車の鍵をテーブルの上に置き忘れていた。

それを見た瞬間、とっさに鍵を自分の鞄に入れた。

父には何も言わなかった。

すぐに忘れてしまう父である。

その後もしばらく、車の鍵のことは話題にならなかった。

ところが父は、不思議と夕方になると行動的になる。

どこかへ出かけたくなるようだ。

「鍵をしらないか?」

父が母に聞いている。

もちろん母は分からない。

鍵は自分が持っている。

結局、その日はそれで終わった。

そして翌日。

父が庭にいる間に、母にも言わず、父の鞄から免許証を取り出した。

鞄の中を見ると、車のスペアキーまで入っていた。

それも取り出した。

「これで、車は運転できないはず」

そう思った。

父には本当に悪い。

だけど、自分の中で少し安心している自分もいた。

今の状態では、とてもではないが運転させられない。

夏休みも、もうすぐ終わる。

小学生が学校へ通い始める。

朝夕になれば、子どもたちが道路を歩く。

もし、そんな子どもたちに万が一のことがあったら。

そのとき自分は、きっと一生後悔する。

「なぜ、もっと早く父から免許証と車の鍵を取り上げなかったのか」

そう思うに決まっている。

だから、心を鬼にして取り上げた。

父をいじめているような気がして、本当に心苦しい。

長い間、自分で車を運転してきた人から、突然その自由を取り上げる。

本人からすれば、納得できないのかもしれない。

だけど、これは家族を守るため。

そして、父自身を守るためでもある。

仕方がない。

父さん、許してね。

「今から歩いてコンビニに行ってくる」

そして今日。

おそらく、車の鍵がないことが分かったのだろう。

朝、実家に行くと、ちょうど玄関前で父が出かけるところだった。

「今から歩いてコンビニにたばこを買いに行ってくる」

そう言った。

ちょうど自分は、母から自転車の鍵を預かっていた。

「俺が自転車の鍵を預かっているよ。自転車で買い物に行けば?」

そう言うと、父から返ってきた言葉は、

「自転車がどこにある?」

だった。

自転車をしまったことも忘れている。

以前、自転車の鍵にはキーホルダーを付けてあげた。

ところが、その鍵もどこかになくしてしまった。

それを母がどこからか見つけ出し、自分に預けてくれていた。

自転車を引っ張り出した。

タイヤの空気も減っていたので、空気入れで空気を入れた。

父にもそばで見てもらいながら、自転車の扱い方を説明した。

こんなことまで説明しなければならないほど、父の認知症は進んでいる。

以前なら、説明するようなことではなかった。

自転車くらい普通に乗っていた人なのだから。

手術後のガーゼを貼ったまま、自転車に乗った

空気を入れたあと、父に自転車の鍵を確認してもらった。

そして、鍵穴に鍵をセット。

「本当に分かってくれているのかな」

「これも、すぐ忘れるんだろうな」

そんなことを考えながら、父に自転車に乗ってもらった。

頭にはまだ、手術後のガーゼが貼ってある。

「じっとしていて」

と言ったところで無駄である。

じっとしていられない。

ヘルメットも買ってあげた。

でも外があまりにも暑く、ヘルメットが熱いと言って付けたがらない。

本当に、できの悪い子どもみたいなおやじである。

ガーゼを付けた頭のまま出かけるのも、あまりにも見栄えが悪い。

暑さ対策も兼ねて、帽子をかぶせた。

久しぶりの自転車だったと思う。

そして父は、

車ではなく、自転車でコンビニへ出かけていった。

初めてだった。

20分後、父が帰ってきた

約20分。

自分にも用事があったが、自宅で待っていた。

すると、父が帰ってきた。

思ったより汗はかいていなかった。

ただ、暑さで少し疲れているように見えた。

「夕方の涼しいときに行けばいいのに」

そう勧めたところで、言うことをきく父ではない。

もう、自分の好きにさせるしかない部分もある。

父が持って帰ってきたコンビニの袋を見ると、

ジュース。

おにぎり。

豆腐。

ちゃんと買い物はできていた。

そこで聞いてみた。

「たばこは?」

父は少し間を置いて、

「あっ、たばこを忘れた」

と言った。

たばこを買うためにコンビニへ行ったはずなのに。

こうである。

とにかく忘れっぽい。

認知症がひどくなってきたのだから、仕方がない。

こちらも、ある程度はあきらめるしかない。

それでも、この人は自分のおやじである

でも。

こんな父でも、自分の父であることには変わりない。

今まで孫の面倒も見てくれた。

昔から知っている、あの父である。

ひょっとすると、父自身も認知症と必死に戦っているのかもしれない。

自分でも何かがおかしいことは分かっている。

でも、どうすることもできない。

「自分でも分かっているけど、どうしようもないんだよ」

本当は、そう訴えているのかもしれない。

そんなことを考えると、少しいたたまれなくなる。

こんな父でも、母を愛し、子どもを愛し、家庭を守ってきてくれた大事な父である。

だったら、感謝するのは今なのかもしれない。

元気だったころの父を思い出しながら、

親孝行とは、こういうものなのかな。

ふと、そんなことを考える。

今日は少しだけ、前に進んだ気がした

それでも今日は、少しうれしかった。

大きなことではない。

認知症が良くなったわけでもない。

忘れっぽさがなくなったわけでもない。

ただ、

初めて車ではなく、自転車で出かけてくれた。

それだけである。

でも、今の自分にとっては、それが少しうれしかった。

この自転車での外出が、いつまで続くかは分からない。

今日の夕方には、また車の鍵を探して家の中を歩き回るかもしれない。

明日になれば、自転車の鍵をどこに差すのか忘れているかもしれない。

それでも、こうして父の行動を理解しながら生活していくしかない。

父が父なら、こっちもこっちの対応を取る。

それが今の自分にできる、認知症との付き合い方なのかなと思う。

近所に迷惑をかけない生活の仕方。

社会に迷惑をかけさせないための対応。

そして、父自身を事故の加害者にも被害者にもしないこと。

家族は、その方法を考えていくしかない。

車の鍵を隠したことが、本当に正しかったのか。

免許証を黙って取り出したことが、正しかったのか。

自分にも分からない。

ただ、何かが起きてから後悔することだけはしたくなかった。

だから今は、これでいいと思うことにしている。

そして今日。

手術後のガーゼを頭に貼ったまま、帽子をかぶり、自転車でコンビニへ向かっていった父。

買うはずだったたばこは忘れて帰ってきた。

それでも、ちゃんと自転車で帰ってきた。

今日は、それだけでいい。

このまま車ではなく、自転車での外出を続けていってほしい。

今日は、そう願うばかりだった。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

コメント欄

コメントする

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Contents