
おやじの認知症がすごい。
前は、あんなじゃなかったのに……。
今年78歳になった父を見ながら、最近は何度もそう思う。
もちろん、年齢による物忘れは以前から多少あった。でも、今の父はそれだけではない。さっきしたことを覚えていない。以前なら普通にできていたことができない。突然怒り出す。そして、歩く姿を見ていても危なっかしい。
特に大きく変わったように感じるのが、頭の手術をしてからだ。
振り返ってみると、すべての始まりは「運転免許の更新」だった。
まさか免許を更新するために受けた検査から、こんなところまで話が進むとは、あのときは想像すらしていなかった。
すべては運転免許の更新から始まった
父も今年で78歳。
当時はまだ車を運転していた。
自分で車を運転して出かけることもできていたし、本人にも「まだ運転できる」という自信があったのだと思う。
そこで、運転免許を更新するために自動車学校へ行った。
ところが、そこで受けた検査で「認知症の疑いがある」という結果が出た。
免許を更新するには、所定の病院を受診して診断書をもらわなければならないという。
このときの私は、それほど深刻には考えていなかった。
「もう一度病院へ行って検査してもらって、診断書をもらえば免許を更新できるだろう」
本当に、それくらいの気持ちだった。
それが、まちがっていた。
免許の更新どころではないことが、その後の検査で分かったのである。
「硬膜下水腫」と言われ、脳神経外科へ行くことになった
病院で一連の検査を受けたところ、父の頭に「硬膜下水腫」ができていると言われた。
そこで、一度きちんと脳神経外科で診てもらったほうがいいと勧められた。
脳神経外科へ行き、今度はMRI検査を受けた。
すると、そこでさらに予想していなかったことを告げられた。
「硬膜下血腫」ができているという。
しかも、手術が必要な状態だという診断だった。
免許更新のための診断書をもらいに行ったはずなのに、気がつけば父は頭の手術を受けることになっていた。
今になって思えば、あのとき免許更新の検査を受けていなかったら、父の頭の異常に気づくのはもっと遅れていたのかもしれない。
そう考えると、あの検査で見つかったこと自体はよかったのだと思う。
ただ、ここから父の生活は大きく変わっていった。
硬膜下血腫の手術、そして翌日の強制退院
父は病院で硬膜下血腫の手術を受けた。
「硬膜下水腫」については、なんとか大丈夫だろうとの診断だった。
家族としては、手術が終われば一安心だった。
これで悪いところを治してもらって、しばらく入院して、元気になって家へ帰ってくる。
そう思っていた。
ところが、父はそんなに簡単にはいかなかった。
手術後、父が、
「家に帰る」
と言って聞かなくなった。
本来なら一週間ほど入院して、手術後の状態を診てもらわなければならなかった。
ところが父は入院していること自体が我慢できない。
病棟で大声を上げる。
家へ帰ると言い続ける。
手術当日は付き添わなければならない状況になり、結局、翌日には退院することになった。
頭の手術を受けた翌日である。
こんなことがあるのかと思った。
それでも私は、
「家に帰れば落ち着くだろう」
「手術も終わったんだから、また以前のおやじに戻るだろう」
そう思っていた。
ところが、そうはいかなかった。
お盆に実家へ帰ると、真っ暗な部屋に父がいた
その後、硬膜下血腫が再発した。
異変に気づいたのは、お盆だった。
孫が帰省していたので、せっかくだから父にも孫の顔を見せてやろうと思った。
実家へ帰ってみると、父の様子がおかしかった。
暑い居間。
しかも部屋は真っ暗だった。
そこで父は、エアコンのリモコンを持って苦労していた。
「どうしたの?」
と聞くと、
「エアコンの調子が悪い」
と言う。
おかしい。
リモコンを見てみると、電池のプラスとマイナスを反対に入れていた。
これでは電源が入るはずがない。
でも、私が気になったのはエアコンではなかった。
なぜ、父がこんなことをしているのか。
以前なら、普通にできていたことだった。
それより何より、父の様子が明らかにおかしい。
ぼーっとしている。
朦朧としているようにも見える。
呂律も回っていない。
目にも、いつもの元気がない。
「熱中症じゃないか」
そう思った。
救急車を呼ぼうとしても、父は嫌がった
救急車を呼ぼうとした。
ところが、父が嫌がる。
大声で怒鳴る。
「大丈夫だ」
そんな感じで、とにかく救急車を嫌がった。
しかも、お盆で病院も開いていない。
どうすればいいのか。
とにかく部屋を冷やそうと思い、エアコンを最低温度にして最強で動かした。
ポカリもすぐに買ってきて飲ませた。
しばらくすると、少しずつ父の様子が戻ってきた。
呂律も回るようになった。
顔つきも少し元に戻ってきた。
なんとか元気が出てきたので、その日は帰宅した。
ただ、やっぱり気になった。
「あれは本当に熱中症だけだったのだろうか」
その疑問がずっと残っていた。
翌日、やっぱり父がおかしい
翌日。
どうしても心配だったので、もう一度実家へ行った。
やはり、おかしい。
父の様子がいつもと違う。
そこで今度は、そのまま脳神経外科へ連れて行った。
検査を受けた。
そして告げられたのが、
「硬膜下血腫の再発」
だった。
しかも今度は、広範囲に出血を起こしているという。
昨日、暑い部屋で朦朧としていた父。
私は熱中症だと思っていた。
もちろん暑さによる影響もあったのかもしれない。
しかし、そのとき父の頭の中では、また異変が起きていた。
あのとき「少し元気になったから大丈夫」と、そのまま何日も様子を見なくて本当によかったと思う。
また入院。でも今度も普通の入院にはならなかった
父は再び入院することになった。
ただ、前回の入院時のことがある。
今回は最初から、付き添い前提での入院だった。
夜になると父が起き出す。
点滴を自分で抜いてしまう。
気づけば血まみれになっている。
尿が近いため、何度も看護師さんにお願いして尿器で採尿する。
こちらもほとんど休めない。
そして、また翌日に退院した。
こんな患者、普通はいないだろうと思う。
病院の方々にも本当に迷惑をかけたと思う。
それでも、本人にとっては「病院にいる」ということ自体が耐えられないのだろう。
理屈で説明して納得してもらえる状態でもなかった。
家に帰って母と顔を合わせ、二人とも泣いた
退院して家へ帰った。
そこで母と再会した。
父も泣いた。
母も泣いた。
二人が涙を流している姿を見ていると、さすがに私も少し胸が痛んだ。
父にとって、自分の家と母の存在は、それほど大きいのだと思う。
病院では大声を出し、点滴まで抜いてしまう父が、家へ帰って母の顔を見ると泣く。
認知力が落ちても、全部が分からなくなったわけではない。
父の中には、昔からの記憶も感情も残っている。
それを目の前で見せられたような気がした。
元気にはなった。でも、以前のおやじとは違う
家へ帰ってから、父はまた元気になった。
見た目だけなら、
「元気になってよかった」
と思える。
でも、一緒にいると分かる。
認知力は明らかに低下している。
さっきしたことを覚えていない。
同じことを何度も聞く。
こちらが説明しても、しばらくすると忘れている。
そして、以前より怒りやすくなった。
ちょっとしたことで声を荒らげる。
動作も以前よりおぼつかない。
歩いている姿を見ていても、転ばないか心配になる。
以前のおやじとは、やっぱり違う。
「手術が終われば元に戻る」
私はどこかで、そう期待していた。
でも、現実はそんなに簡単ではなかった。
それでも父は「車を運転する」と言う
そして今、家族として一番困っているのが車の運転である。
こんな状態では、とてもではないが運転させられない。
さっきしたことを忘れる。
操作を間違えることがある。
動作も以前ほどしっかりしていない。
突然怒り出すこともある。
家族から見れば、
「もう運転は無理だ」
と思う。
ところが父本人は違う。
どうしても運転しようとする。
「まだ運転できる」
本人の中では、そうなのだろう。
父にとって車は、単なる移動手段ではないのかもしれない。
自分で好きなところへ行ける。
誰かに頼まなくても生活できる。
長い間そうやって暮らしてきた人にとって、車を取り上げられることは「自分で何もできなくなる」と感じることなのかもしれない。
だから頭ごなしに、
「もう乗るな」
と言っても、納得できないのだろう。
その気持ちも分からないわけではない。
でも、事故を起こしてからでは遅い。
父だけの問題ではなくなる。
歩行者を巻き込むかもしれない。
他の車にぶつかるかもしれない。
母を乗せているときに事故を起こす可能性だってある。
そう考えると、
「本人が乗りたいと言っているから」
で済ませることはできない。
前はあんなじゃなかったのに
最近、父を見ながら何度も思う。
前はあんなじゃなかったのに……。
東京で料理人として働いていた父。
昔からどちらかというと温厚だった。
自分のことは自分でする人だった。
車だって普通に運転していた。
エアコンのリモコンの電池を反対に入れて、なぜ動かないのか分からなくなるような人ではなかった。
だからこそ、今の父を見ると戸惑う。
怒られると、こちらも腹が立つ。
何度も同じことを聞かれると、
「さっき言っただろう」
と言いたくなる。
病院で大声を出されたときには、本当に勘弁してくれと思った。
でも、母の顔を見て泣いている父を見ると、また違う気持ちになる。
本人だって、好きでこうなったわけではない。
だからといって、家族が何でも受け入れられるわけでもない。
介護する側にも生活がある。
仕事もある。
毎日付き添えるわけでもない。
心配だからと24時間監視することもできない。
その間にも父は年を取っていく。
母も年を取っていく。
そして今まで当たり前だったことが、一つずつできなくなっていく。
もう、どうすればいいのだろう
免許更新のために受けた検査から始まった今回の出来事。
硬膜下水腫と言われ、MRIを受け、硬膜下血腫が見つかり、手術。
翌日退院。
そして再発。
真夏の暗い部屋で、エアコンをつけることができず朦朧としていた父。
再び入院し、点滴を抜き、また翌日に退院。
そして今、以前より明らかに認知力が落ちた父が、
「車を運転する」
と言っている。
数か月前には想像していなかったことばかりだ。
認知症の家族を介護している方なら、
「ああ、分かる」
と思う場面があるかもしれない。
逆に、私たち家族の対応が正しいのかどうか、私にはまだ分からない。
ただ一つだけ分かっている。
今の父に車を運転させるわけにはいかない。
でも、本人は納得していない。
鍵を隠せば怒るだろう。
車を処分すれば、もっと怒るかもしれない。
説得しても、説明したこと自体を忘れてしまう可能性もある。
本人の気持ちを尊重したい。
でも、事故は絶対に起こしてほしくない。
母にも無理をさせたくない。
父にも、できるだけ穏やかに暮らしてほしい。
家族として、どこまで本人の意思を尊重し、どこから止めなければならないのか。
その境目が、本当に難しい。
今はただ、
「もう、どうすればいいのだろう」
そんなことを考えながら、父と向き合っている。
誰か、どうすればいいのか教えてください。

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